土曜日, 10月 25, 2008

ふらんすの料亭

 フランスへ来て初めて日本食レストランに入った。ボンソワと挨拶すると中から出てきたのは紛れもなく日本人女性。すかさず日本語で話しかけると向こうもびっくりして、しばらく店員と客の関係を超えて身の上話に花が咲いてしまった。語学学校に通っているとのこと。私が日本人にあまり会わないという話をすると、たくさんいますとの返事が返ってきた。自分の職場がモンペリエの北の外れにある研究機関というせいもあるのかもしれない(語学学校は町なかにある)が、UM2に通う日本人留学生も同じことを言うので理系と文系の違いも入っているのかもしれない。
 まずはアサヒで乾杯(フランス人はキリンを好むという話を店員さんがしてくれた)をしてメニューを見ると生姜焼きが妙に食べたくなった。フランス式に前菜とメインを一つずつ頼んだのだが、それぞれ居酒屋と大衆食堂のメニューから一品ずつという感じだ。そしてレストランの雰囲気は日本なら普通の料亭というのに最も近い。壁には、ふらんす的な絵画(描かれていたのは色っぽい日本人であるようなフランス人でもあるような女性)がかかっていて、その絵画のなかに描かれている絵画が壁に掛かっているという。これまた不可思議なシチュエーションなのである。そして徳永英明が懐かしい歌を歌っているのがBGMだ。自分たちは当然日本語で注文したが周りのフランス人はフランス語。フラ語を話しながら箸で食事をしている。日本の居酒屋にあるはずの喧噪やタバコの煙はなく、調子に乗って笑ったりすると少し目立ってしまうくらいだ。
 期待していた生姜焼きは生姜の風味が控えめで、自分としては少し物足りないくらいであったものの、醤油風味と味噌汁(フランス風なのか具はなくスープだけ)で御飯がすすんでしまった。たぶんあまり強い生姜風味はフランス人には受け入れられないのかもしれない(寿司屋さんでもワサビの量が日本より少なかったのを思い出した)。ふらんすの料亭は生粋の日本人には不思議世界でしたが、日本人的ひとときでした。

月曜日, 10月 20, 2008

モロッコ展

 モロッコ展がエクスポ公園で開催されていたのでのぞいてきました。入場料は7ユーロでした。モロッコ展というだけ確かにモロッコの物品もありましたが、巨大なお祭りという感じでホームセンターやショッピングセンターを合わせた感じのマーケットといったところです。小さな小物から、リビング、台所用品、食品、車、農機具、プールまでいろいろ楽しめました。食品にはチーズやフォアグラ、サラミ、お菓子などもありましたが一人暮らしの友はやはりワインです。せっかく来たついでにワインを買って帰ることにしました。今日お会いしたのはJean-Luc Sabatieさん。モンペリエのワインガイドにも載っている人です。私を見て中国人かと聞かれたのですが日本人と答えるとちょっとびっくりした感じでした。英語は全く通じないみたいでしたがフランス語で一生懸命説明してくれました。「Carignanというこの地方の品種100%で作ったワインで2~3年樽で寝かせる」と言っていたような気がします。Le Mas de Madier(2005)フルーティな味だそうです。6ユーロでした。モロッコ展は明日までで今日が最後の日曜日だったせいか、とても混雑していました。

日曜日, 10月 19, 2008

販促中

ワインの製造元の主にショッピングセンターで会いました。彼は販促に来ているようでした。ワイン売り場でワインを見ていたらフランス語で話しかけられたのですが、よくわからず、「わからない」と答えたら英語で話してきました。「これは俺が作った。フルーティでうまい」と、とても自信を持って勧めるので、せっかくなので記念写真を撮らせてもらって買うことにしました。MAS DU L'AGNEL  2007 Coteaux du Languedoc APPELLATION COTEAUX DU LANGUEDOC CONTROLEE Cuvee Gourmandeの3.9ユーロでした。
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水曜日, 10月 15, 2008

ブラジル人留学生

 フランス語教室で知り合ったブラジル人留学生がいます。彼は博士課程の学生でここにこれから3年滞在する予定とのことです。ブラジル南部の出身、26歳、パートナーは20歳で2歳の子供と一緒に暮らしているようです。彼はフランス政府からサポートを受けているようですが、ブラジル政府からサポート受けると学位を取ってから3年間はブラジルに滞在しないといけないようです。彼は大学院終了してもブラジルへ戻る気はないようでどこかヨーロッパで暮らしたいようでした。モンペリエは気に入っている感じです。彼の故郷は治安が悪く暴力もあるようです。ただブラジルのおいしい肉が恋しいとのこと。ブラジルでは例えば牛は23カ所の肉に解体するそうなのですがここでは4カ所しかないとのこと。とても元気な若者でした。(後でフランス人に聞いたらフランスでは30カ所くらいに解体するそうですが、ブラジルとは分け方が違うのだそうです。あるブラジルレストランは必要な肉を手に入れるためにドイツまで肉を買い出しに行くらしいです。)

フランス語教室

 Agropolis International という、ここらへんの研究機関が共同利用している感じの組織があります。そこの主催で博士課程の学生やポスドクなどの研究員を対象としたフランス語クラスがあったので、参加することにしました。Beginnerのクラスです。17:30から19:30までで、これは本当に助かります。町なかの語学学校は平日の昼間しか開校されていないので仕事をしている人が学ぶことは不可能です。
 今日は第一回目だったのですが、30人弱が集まりました。出身は15カ国くらいで、参加者の国名を使ってアルファベットの学習をしたくらいです。国名を使って冠詞や形容詞、女性名詞とか男性名詞とかを説明してくれました。ついでに発音や音節、リエゾンの話まで国名をネタにしてできてしまいます。そして最後に「私の名前は○○です。△△人です。あなたは?」という会話を参加者同士、バケツリレーのように回して終わりました(自己紹介の代わりですね、なかなかおもしろい授業の進め方だと思いました)。参加者で最も多いのがブラジルの出身者で圧倒的多数でした。インド出身の人も複数いました。ブラジル出身の人の中には、ほとんど日本人のような外見をしている人もいて顔だけでは判断できないものだと思いました。案の定、日本人は私だけ。アフリカ出身者はいないようでした。やはりフランスの植民地時代の名残でフランス語が公用語の国が多いのでフランス語の基礎を学ぶ必要はないのでしょう。
 先生は、英語とフランス語で授業を進めましたが、自分の母語以外で学ぶ外国語は、予習ができてないと全くわからないと思います。皆さん元気で、先生との接し方が一対一になる人(先生が問いかければ我先にとすかさず答える人)がっけこういました。わからなければ質問するし、先生と一緒になって解説する人もいます。やはり声が大きくて、態度が大きくて、先を行っている人が場を仕切るのはどこでも同じですがその程度がやはり日本とは違うようです。

日本人留学生

 先日ホストファミリーに君にあいたがっている日本人留学生がいるからメールアドレス教えてくれといわれた。ホストファミリーの親戚は大学の研究員で日本からの留学生を受け入れたようだ。留学生は大学4年生なので私よりずっと若い。日本で大学の留学制度に応募してこちらの大学に2ヶ月来ることになったらしい。息苦しい日本を飛び出してはみたものの文化の違うフランスで気分が沈んでしまうという。確かに、自分の思うようにはならないことは多いだろうし、日本で今まで培った、こうあるべきという価値観がぶっ飛んでいる環境なので、それにさらされれば確かにストレスかもしれない。これがカルチャーショックというものなのだろう。そんなときでも「こんなこともあるか」とあまり気にもとめず、思いがけないことに遭遇して楽しいとすら思っている自分は、単なる脳天気なのか、それとも世代もしくは歳の違いなのだろうかと、考えてしまった。「こちらで就職したらどうですか」と言われたけど、その可能性はないです。私の歳で日本人のメリットを捨ててフランス人として生きていくのはかなり不利ですから。いろいろな人に出会っていろいろな考え方に触れられたり、いろいろな食べ物を味わえることを楽しんでよい思い出を持ち帰りたいものです。

月曜日, 10月 13, 2008

Miramas

先月下旬に少し遅めの夏休みをもらって、日本から遊びに来た相棒と一緒に南仏の町を訪ねました。よくあるガイドブックを片手に行くわけですが、Miramasという町はあまりガイドブックにも載っていないようです。マルセイユからCote Bleueというローカル線に乗って美しい海岸を眺めて楽しんだのですが、その終着駅がMiramasでした。せっかくなので旧市街まで行ってみました。自転車道のようなところを通って道端に実っている木の実を食べたりしながら一時間くらい歩いたでしょうか。丘の上にきれいな家々がありました。ほとんど観光客もいないので、静かで眺めもよくて結構満足して帰りました。
 その日の宿はその日に決めるという無計画な行き当たりばったりの旅でしたが寅さんみたいに気の向くままに旅ができて、お気楽でいいものでした。このMiramasの話を職場でしたらそこに行った日本人は君たちくらいだろと、かなり不評でした。フランスならどこにでもある単なる田舎町なのでしょう。しかし観光地化していない場所の方が素朴で良かったりもします。
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Cevennes


職場の人たちとハイキングに行ってきました。モンペリエから車で一時間くらいのところにあるセベンヌという町です。このあたりの特産品は玉ねぎ(目が痛くならない玉ねぎらしい)とりんごです。道路沿いにもたくさんの産直の店がありました。トレッキングコースには栗が掃いて捨てるほど実っていました。もともと栗は外来種のようですが山村の食料として導入されたようです。ここは国に指定されているトレッキングコースのようで、その印が赤と白のラインです。これは木の幹や岩にペンキで描かれた平行線です。このマークを目印に歩いていけば迷わないという仕組みです。 ここはプロテスタントで昔は弾圧にあったこともあるようです。やはり山村は生活が大変らしく年々家を手放す人や家を別荘として所有している人が増えているようです。そのほかの産業としては養蚕や羊のチーズくらいとのことです。とても静かな町でした。










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金曜日, 10月 10, 2008

イエメンのおじさん

 バス(TRAMなのだが帰りの通勤時間帯はほとんどCIRAD関係者の貸し切り状態)に乗っていたら通路をはさんだ隣の席から突然話しかけられた。「英語は話すか」と。イエメン出身だというおじさん風の人だった。日本の食べ物や文化をインタナショナルデーで紹介してほしいらしいのだ(何のことだかよくわからないのだがそういう日が職場にあるらしい)。「日本人はたぶん君だけだ」というので、もしそういう機会があれば喜んでと答えておいた。彼は獣医学が専門で今は博士論文の作成をしているとのこと。日本にも住んでいたことがあるらしく柔道もかなりの腕前のようだ。フランスでは審判をしに毎週のように大会に飛び回っているような話をしている。もちろん本人がプレーすることもあるらしいのだが。柔道学部を卒業したため学位を取るのが遅くなったとか。すごく人なつっこくて誰とでも話すような感じの人である。彼のおかげでいろいろな人を紹介してもらった。彼の母語はアラビア語、学校では英語だったようだ。インドにもいたことがあるらしくヒンズー後も少しわかるらしい。それと少しの日本語と当然ながらフランス語。日本のあんこを餅でくるんだ日本のスウィーツが好きらしい。家族はリヨンにいて三人の子供がいるが、モンペリエでは一人暮らし。私が一人暮らしであることがわかると食事に誘われてしまった。特に予定はなかったので一緒に食事をとることにしてアラブ系のレストランへ連れて行ってもらった。何とも不思議な魅力的なおじさんだった。